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2016年9月15日木曜日

あれから一年、脳幹出血軽症例


脳溢血の発症からもう一年経ちました。救急搬送された私はERで意識不明になって、CTを診ての診断はかみさんと娘に告げられたそうです。で、告げられた診断が脳幹出血。どういう病気だとググったらかみさん真っ青になってしまったそうです。脳幹出血、一般的には脳出血の中でも特に重篤なケースで、速やかに昏睡状態になって、予後不良、死ぬか寝たきり、って書かれて居ますから。まあ、後の方で、出血量が少なければ助かることもある、と、如何にも取って付けたように記載されているのですが。旦那の救急搬送に同乗してきて旦那が昏睡状態になった横でこういうのを読むのは心臓に悪いですわな。

そんな状況から、急性期病院一ヶ月、リハビリ病院二ヶ月でほぼ後遺症なしで退院した訳で、脳幹出血が重篤例が多いことを知っている人からは奇跡的、と良く謂われています。でも自分に奇跡が起きるとは思えないので、これはどういうことだろうと、色々調べてきました。

「脳幹出血 軽症例」とかでググると医学論文?症例報告?といったページがヒットします。そういうページ、大抵PDFだったりするのですが、によれば、かつては脳幹出血は「絶対予後不良」とまで言われていたのですが、CTを使うようになって、小さな出血まで見つかるようになって見たら、以外と生き残るケース、社会復帰にたどり着くケース、が見つかるようになって来たのだそうです。

その手の論文読むと、必ずと言って良いくらい、参考文献に秋田脳血管障害研究所のDr.中島の論文が載っています。これが1983のもの、CTが発売されてすぐの頃の論文で、最初の症例報告になっているようです。あ、ちなみにこの論文にでていた軽症患者の症状、私のケースそっくりでした。

まだ、大勢を対象とした研究は無いようですが、病院での症例ベースだと3割から7割は助かっているのだそうです。ですから危険な病気(生存が3〜7割ということは7〜3割は死んでいる訳ですから)ではあるのですが、助かれば奇跡、というほどでも無いようですね。

将来、CT何かの診断技術が進んで、症例の研究が進んでくれば、出血の状態からは助かる、危ない、が判るようになってくることでしょう。ガンだって(私ガンもやっています)昔は告知されただけで真っ青だったがのが、家の子供たちみたいに、早く見つかって良かったね、になりましたから、脳幹出血だって、きっとこれなら大丈夫、と言われる日が来ることでしょう。





2015年12月3日木曜日

闘病記 退院しました


本日、12/03 をもって予定通り退院しました。先程、ほぼ三ヶ月ぶりに家に帰ってまいりました。猫さんが覚えていてくれるかどうか心配でしたが、シャーもフーも無く頭をこすりつけて来ましたので忘れ去られてはいないようでした。

これで闘病記も一応お仕舞い。実際にはお家でのリハビリ(まあもう困らないレベルですが)と再発防止のための生活の始まりです。脳出血は再発率が高く、一説には五年で50%に達するのだとか。まあ、高齢によるものは仕方ないとして、生活習慣に依るところが大きい病気です。再発防止に勤しむのが初回の脳出血で生き残った人の義務っていうものでしょう。

また救急搬送、急性期病院、リハビリ病院のスタッフの皆々様、お世話になりました。ちなみに急性期病院は横浜労災病院、リハビリ病院は新横浜リハビリテーション病院でした。

2015年12月2日水曜日

闘病記 後遺症


もう日常生活には支障が無く、(体力が回復すればですが)復職可能だ、というレベルに達したの、という判断で、明日退院となる訳ですが、一部後遺症は残っています。この病気(脳幹出血)やった以上、すべてが以前と同じということはありえない、と医者に言われたように、リハビリで相当回復しても直りきらないものが残りました。退院後の生活のためにも残った障害をリストアップしておこうと思います。

先ずはなんて言うのでしょうか、バランスをとる力、能力が低下して転びやすくなりました。そもそも最初は立って居られないレベルだったのが、普通に歩ける(但し外出時は転倒防止の為、杖携帯)までは復帰したのですがね。発病前に比べるとあきらかに安定性は低下しました。

それに、全般的に左側の体力が低下しました。ただどこそこが動かないとかは一切ありませんので、後遺症というより入院で体力が落ちたレベルでしょう。まあ、東京通勤の身には一番堪えることです。

顔というか口腔に麻痺が残りました。見た目には判らないレベルですが、口腔内、歯医者で麻酔した時のような状態です。ですが、食べるのには問題無く、別に涎を垂らす訳でも無いので、これは多少不快感が残っただけです。

目に複視が残りました。これも当初は眩暈が出る程でしたが現在は顔の正面および左側からは消えています。但し右後方を見ようとすると二重に見えて来ます。顔面麻痺のなごりで左目が追い付かないようです。まあ、これがあると運転難しいですね。脳溢血やった時には別途申請が必要になるらしいのですが、これがある限りは運転は無理でしょう。

と取り敢えずはこんなものです。ネットに書かれている脳溢血の予後の悪さから見れば、後遺症のうちに入れるのも躊躇われるレベルです。ただ退院後の生活で気を付けるべきポイントでもあります。

2015年12月1日火曜日

闘病記 こんなに効くの?


退院控えた状態で贅沢かも知れませんが、リハビリってこんなに効くものなのか、という疑問がまとわりついています。現在、ちょっと見て判るレベルの後遺症は残っていません。良く見れば口腔の一部が麻痺しているのが判るかも知れませんし、右後方の視野が狭まっていまし、自覚症状としてはバランスが悪くなっているのですが、よほど観察しないと判らないレベルでしょう。

でも、救急搬送されての診断結果は脳幹の脳出血で、出血量も(CT画像からの推定)結構多かったようです。私はERまで運び込まれたところで意識を失いました。脳幹の脳出血と言われてカミさんがググったら(後で私もググったのですが)、恐ろしい記述の山です。曰く死亡率が高い(特に意識を失った場合)、曰く予後が悪い(後遺症が重い)、曰く社会復帰できる人はごく僅か。よくまあこれだけ物騒なことが書けたな、レベルです。それだけに私が意識を回復するまで、毎日見舞いに来ていたカミさん、心労が物凄かったようです。

さて、急性期を過ぎて意思が戻って見ると運良く生命維持系列の神経には麻痺はありませんでした。しかし最初は上半身を起こしていられるのは数分だけでした。病院食もベッドに凭れて食べていたのです。でもリハビリ始まって直ぐに上半身を起こしたままで居られるようになりました。最初は食事では箸が使えず、スプーンで食べていました。でも箸を使うのもリハビリのうち、と言われてこぼしながら箸で食べるようにしていたら、一週間足らずで普通に箸が使えるようになりました。

最初の頃は、車椅子で移動していました。最初からベッドからの移乗、トイレへの移乗はできましたが、掴むものがなければ立ち上がれませんでした。でも二週間程度で歩行器で歩けるようになり、一ヶ月後には杖で歩けるようになりました。最初の頃は、酷い複視(ものが二重に見える)で、目眩がしてくるため片目を眼帯で覆っていたのですが、いつの間にか正面については普通に見えるようになっていました(右後方を見ると相変わらずですが)。

当初の状況を思い出して見ると酷い後遺症が出ていたものですが、リハビリやっているうちに随分と軽減されてきました。リハビリって、ここまで効くものなのでしょうかね。患者本人がびっくりしています。周りには長いリハビリでもあちこちに後遺症残した患者さんが一杯いるのに、です。

理由の一つは麻痺の原因が神経の死滅ではなく一時的な麻痺だったのかも知れません。脳出血の後遺症は全部が全部、神経がやられたものとは限らない、のだそうです。もう一つの可能性は本当にリハビリが効いたケース。こちらのブログこんな記事にリハビリの最新理論の話が書かれていましたが、タイミングよく行なわれれたリハビリは劇的に効いてくるようです。時期的には、私のリハビリ期間に相当しますので、こっちの効果もあったかと思います。

どうやら、あちこちに、力が出なくなったり動きが悪くなったりしたところはあっても、動かなくなったり固まったりが一切無かったのがリハビリの効果を高めたようです。なるべく早い段階から取り敢えず動かしているのが効果的なのだとか。そうすると、安静期から手の運動の為にと手で握るボールを持ち込んでくれた家族に感謝です。

2015年11月30日月曜日

闘病記 死神の速度


ウェブを拾い読みしていたら、物騒な記事に出会しました。普段なら笑ってお仕舞いの記事ですが、リハビリ入院中の身には他人事と言ってられない記事です。あたかも先日歩行速度を測ったところです。まあ私の歩行速度は取り敢えずは死神よりは速いようです。リハビリのお蔭です。

見た目年齢や歩く速度が寿命に影響!データで読み解く健康情報のウソホント 論文マニアの東大病院医師が解説|ニュース3面鏡|ダイヤモンド・オンライン

歩けない、動けない、体が弱る、あぼーん、という流れはよく聞くところです。でもそれが歩くスピードで決まってくる、とは初めて聞きました。確かにリハビリ病院で見ていると、リハビリの効きの良い人は歩く速度もそれなりに出ています。定性的には在ってもおかしくないネタです。

このネタ、リハビリの療法士の方に聞いたら初耳ですと。でもリハビリ的には、社会復帰の速度として1m/秒を目指すことになっているそうです。この速度は信号機なんかが想定している下限の速度だとか。日本の社会は死神よりは少々優しいようです。

2015年11月29日日曜日

闘病記 お茶ですかお湯ですか


退院予定日まで一週間をわりました。病院生活も残り僅かです。さて、今日も朝食後に食堂(横はナースステーション)にお茶を貰いに行ったのですが、その時に、「お茶ですか、お湯ですか?」と聞かれました。まあ、ティーバッグ入れてってお湯だけ貰うこともあれば、お茶を貰うこともあるので、ごく普通の問い合わせなのでしょうが、私のお笑いツボに嵌ってしまいました。

私的にはこのセリフは「湯屋番」の女将さんセリフでして、「三杯目にはそっとだし」とかを連想してしまうのでした。

意外とこのセリフは広まっていないのかなとググってみると、「お茶ですかお湯ですか」だと飲み物関係のアンケートとかが普通にヒットしていました。これだけなら一般に使われているって言うことですね。ところがそれにキーワード「若旦那」を付けたら検索結果は落語だらけに。ということで、「お茶ですかお湯ですか」には「若旦那」を混ぜてはいけない、ようでした。

2015年11月28日土曜日

闘病記 クリスマスツリー


リハビリルームから戻って来たら、ナースステーション前というか食堂でクリスマスツリー飾り付け中でした。入院が長期に渉るひとが多いからでしょうか、季節に合わせての飾りものがこまめに入れかられています。私が転院して来た頃は中秋の名月の飾り付けでした。そしてハロウィンの飾り付けになってもうクリスマス。随分と季節が過ぎたものです。

もう11月も終盤ともなると、町中はもうクリスマス一色でしょうね。年内の退院を目指している人には、いい励みになることでしょう。クリスマスには家族と共に過ごしたいものです。その所為でしょうか、12月も近づいて来たら食堂仲間の皆様の退院予定を聞くようになってきました。クリスマス、正月はお家で、という思いが励みになっているようです。